※青森車両センター廃止後は盛岡車両センター青森派出所の所属でした
平成31年1月、長らく特急はつかり・白鳥等で活躍した485系3000代青森車のうち最後まで残っていたA6編成がEF81形機関車136号機の牽引で青森派出所から郡山車両センターに配給輸送されました。いつの話だって感じですよね、ごめんなさい。

確か南浦和で撮った1枚。この時の配給は聞いていたよりも若干早く田端を出ていたと記憶しています。自分もあと1分遅かったらまずこれは撮れなかったことでしょう。
特急白鳥の廃止・3000代の運用終了から3年近く経ってからの配給輸送(今回は廃車回送)でしたが、A6編成が最後に郡山総合車両センター(KY)を出場したのはその数か月前となる平成27年11月下旬。出場から数か月でお役御免となり青森派出所に放置されていたせいか、足回りが綺麗なままドナドナされていったのが何とも切ないものでした。
先回りして大宮操車場に停車中の配給をぶち抜き、大宮駅で再び迎撃。当時まだ学部生だった私はこの後の授業の関係でここまでしか追っかけができませんでした。そう書くと聞こえはいいですが1限目は自主休講しています。ハハ。

牽引は全区間EF81形136号機でした。同機は青森車両センター廃止後は秋田総合車両センター南秋田センターに転属していた機関車で、今回の配給は確か全区間を担当していたと記憶しております。
なお1年半ほど前に同機も秋田総合車両センターに入場、廃車となっています。時の流れというのは速いものです。

回送標です。8年近く前とはいえ既にあの青森車両センターがないということに寂しさを覚えたものでした。

このロゴも好きでした。3000代のうち青森車にあったこのロゴが好きでした。これは先日投稿した大宮総合車両センター概況でも書いた内容と重複するので簡潔に書きますが、幼少期から弘前帰省に際して八戸弘前間でお世話になったのは大半がE751系つがるだったので、初めて乗った時はwktkしたものでした(その際のアクシデントは末尾に貼る当該記事をお読みください)。

数分の停車の後に郡山に向けて発車。大宮なんだから当たり前だろうと言われたらそこまでですが、すごい人出だったのは何となく覚えております。これ以降、私が485系3000代を見ることは二度とありませんでした。
3000代として最後まで残ったのは盛岡のジョイフルトレイン「ジパング」でした。といっても両端のクハではなく、4両のうち中間2両のモハユニットがそれなんですけどね。結局そちらも乗れないまま3000代は消滅。初めて一人で弘前に帰省した時も乗ったので、何だか何とも言えぬ寂しさを覚えたものです。

余談ですが、私が初めて乗ったのは平成22年12月改正のダイヤ基準では新青森11時40分頃発車の臨時特急「つがる52号」。これがまた面白い列車だったので、ついでに残しておきます。当時のデータが出てきたらまた記事にすると思うけど。
同列車は8052M:特急つがる52号大館行。一見青森始発の列車なんですが、いやまあそうっちゃそうなんですけど、実は青い森鉄道の浅虫温泉から青森までを臨時快速として運転していました。そのため実質的には浅虫温泉発大館行という列車でした。
その他、E5系はやぶさデビュー時のはやぶさ1号(1B:東京8時12分発)から弘前方面に乗り継ぐことができる特急列車でもありました。最速便からの乗継列車が特急というのはありがたいことでした。今では令和7年改正基準の同はやぶさ5号(5B)からの乗継列車が快速になってしまいましたけどね。
8052Mの他にも大館発着の臨時特急は計2往復がありましたが、いずれも現在の設定はありません。まあ8052Mの乗車率に関してm
言うだけ書くだけタダですけど、弘前~青森間だけでもいいからあと1往復ぐらいつがるが欲しいです…ローカルでも足りる距離といえばまあそこまでですけど。いずれ運用を見て設定できないかどうか考察してみるかもしれませんし、しないかもしれません。
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