あるふぉの落書き帳

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きっぷる

中央東線臨時列車を振り返る#12 豊田車両センター189系M52編成ラストラン(平成30年春:団体列車「さよなら189系M52」)

1年半ぶりに振り返るというやる気のNASAよ・・・

 

主に昨年上半期を中心に時折投げていた当シリーズですが、なんか下書きに投げてすっかり忘れていた記事が数本ありますねぇ!ということで、出せるうちに出せるものを出しておこうと思います。

今回は7年半以上前となる平成30年春の豊田車両センター189系ラストランのうち、同年春に私が山梨県に引っ越してからの撮影ができたうちの1本であるM52編成のものを取り上げます。M50編成に関しては、私が大絶賛受験戦争開戦中(なお敗戦)だった上に中央線沿線に住んでいた訳でもなかったので、そこはごめんなさい。

 

9811M 団体専用列車 M52 豊田発甲府

平成30(2018)年4月22日、中央本線豊田~甲府間で189系M52編成のラストランが運転されました。ラストランといっても豊田から長野への廃車回送とはまた別のもので、今回はあくまでも乗車用の団体列車としての運転でした。これは別記事で振り返る予定のM51編成とは対照的であったと記憶しております。

189系M52編成の細かい車歴については省略しますが、豊田転属前は大宮所属の波動用車両H102編成でした。10両編成だったこともあってか臨時快速ムーンライトながらに充当されることもあり、後述するJR東海とのご縁はそれも一因と推測します。

 

奇跡的にタイフォンが戻って同業の皆さんと笑ったのも懐かしいものです

豊田所属の189系はこの他にも同時期にM50編成やM51編成が存在していましたが、M52編成はグレードアップあずさ塗装を纏っていました。豊田を午前中に出て甲府には昼過ぎの到着、電留で折返し作業の後に甲府から豊田までの復路が運転されました。

 

9812M 団体専用列車 M52編成

復路は甲府発豊田行。タイフォンは仕方ないです。ないんですけど、タイフォン1つに一喜一憂していたこの頃ってのも今思えばなかなかにいい時代だったのでしょう。この復路はM52編成が中央線を上る最後の運転、また明るい時間帯に同線を走るのもこれが最後でした。

 

この撮影地はJR東海管轄となる身延線金手駅ですが、同線南甲府駅より駅員さんが数名見えていたのが印象的でした。昨今の撮り鉄のマナーに関して云々という訳ではないということは義務教育を終えた読者の方に向けて書くまでもありませんが、本件においては(警備を兼ねていた可能性は十分にありつつ)南甲府の駅員さん方が横断幕をお持ちになって見送りにいらしていたのが大変印象的でした。

先ほども少々言及しましたが、H102編成時代にムーンライトながらとして東海管轄に乗り入れていたからでしょうか。それとも会社内でも管轄こそ異なれど、中央西線への入線経歴もあったからでしょうか。

生憎内部情報を教えてくれる「俺のダチ」はいないので真相こそわかりかねますが、何はともあれ「優しい世界」というのを目にしたような気がしたのを今でも覚えております。

 

 

M52編成ラストラン当時はここのブログの活用法を決めてすらいなかったこともあり、多分ですがこちらで触れるのは初のことでした。翌週のM51編成ラストランに関してもいずれ記事にしたいと思います。

なおM52編成ですが、本件ラストラン団体専用列車の運転から数日が経った同年4月25日から26日にかけて、豊田から長野総合車両センターに自力で廃車回送されました。M51編成の団臨は長野行片道ツアーだったのと対照的ですが、既に補導対象外の年齢だったのに当時の寮の門限の関係で撮ることができなかったのは今でも残念極まりありません。