あるふぉの落書き帳

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きっぷる

<回顧>中央線E351系「スーパーあずさ」乗車記(平成28年冬版)。夕方上りスーパーあずさ28号について。

あと10年早く記事にしておくべきだと思うんだけどなぁ…。

 

かなり昔の話となりますが、そういえばE351系の乗車記って書いたことがなかったよな~なんて思ったので、今更ですが記事にしてまいります。私個人は数回しかお世話になることができませんでしたが、皆さんが一昔前の中央線特急に思いを馳せていただけるトリガーになりましたら、いち中央線特急オタク(?)としてそれ以上のことはありません。

 

E351系はこんな感じ。もう引退から7年半ですか、下手すりゃ今の小学生は知らないと思うと涙がで、出ますよ…。後継のE353系とは異なり前面にヘッドマークにあたる表示器を備えていて、このように列車名+号数等々の表示をできていたのも懐かしいものです。

この時は平成28年冬の撮影=9年前、まだぼくも高校生だった頃のものだったかと思いますが、当時甲府18時4分頃発のスーパーあずさ28号(28M)で家族旅行の帰りに乗車しておりました。車内のレポートと併せて、当時知る由もない甲府生活で鍛えた中央線特急の知見も交えた上で今の視点で書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 

E351系についての紹介は割愛。早速ですが車内の案内から行きましょう。

今更だけどあのロゴがめっちゃアディダス(ア↓ディ↑ーダスではない)。というのはさておき、E351系引退時は中央線特急に自由席も残存していましたので、このような感じになっておりました。詳細は画像をご覧くださいまし。末期は当たり前ながら全席禁煙、自由席は3~6号車でした。

ただしE353系も含めてですが、曜日・運転日によっては3号車が指定席として運転されることもありました。既に中央線特急あずさ・かいじが全席指定になって6年半、私としては平成30年春~令和4年春を甲府で過ごしたので、なんか懐かしいどころの話ではないようにも思えました。

なおE351系も一部を担っていた中央ライナーに関しては全席指定で運行されていました。E257系の便にも乗車したことのある筆者としては、東京で湘南ライナーホームライナー千葉よろしく乗車前の改札ができないが故の措置というのは承知の上ですが、それでも無札で乗ってくるバカリーマンが全員死ねばいいのにな~と思っていたのが懐かしいことです。※特急はちおうじ・おうめ廃止のショックで連中はお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

 

スーパーあずさだろうがライナーだろうが関係ないですが、この時に乗車した車両では車番ステッカーがシールで貼ったモハ351-5というのだったのが印象的でした。これ他の編成でもそうだったんでしたっけ。それともこの車両が何らかの事情でこうなっていたのでしょうか。

 

大学生となりバイトを始める前にしか乗れなかったので流石に普通席しか乗れませんでしたが、普通席はこのような感じでした。自由席・指定席車両で特にこれといった差異はないはずです。当たり前ながらコンセント・Wi-Fiはありませんでした。

 

続いて全国に114,514万人のファンを抱える連結部も通っていきたいと思います。

 

オタクくんこういうの好きでしょ?いや色々なオタクがいるので人それぞれのスタンスですが、個人的にはめちゃくちゃ好きです。

 

連結部です(ポンポンポンポン)。同じく高運転台かつ貫通構造で落成したE259系E353系なんかと似たような何かを感じないこともないかもしれないです。

 

流石に写真がないのが悔しいですが、E351系では非貫通と貫通でクハの顔が異なりました。私がこの写真を撮ったこの頃は既に分割併合を松本車両センターの入出庫程度でしか行っていなかったものの、非貫通の目力が強いアレも撮りたかったものです。

 

再び車内です。こんな感じでした。振り子式車両ということもあり車体の形も特徴的でしたね。窓側だと窮屈したのでしょうか、身長170の私はそこまで気にならなかったです。強いていうなら揺れで酔う客が続出していた可能性はありますが、383系でも酔わなかった(一度E353系で飲みまくっていたら悪酔いしたことはある)私はそんなこともありませんでした。

 

今でも覚えているのですが、座っている分には深いな横揺れもなく快適だったと記憶しております。車体傾斜装置を本格採用したE353系より良かったと思うことも時折あったほどです。

私が成人する前に消滅した車両に何をって話ですが、もし私がE351系を居酒屋にしていた場合、多分いい感じに酒の酔いが回って気持ちよく寝落ちできそうだったと今になって思う程です。その一方で、当時から立っているとえげつない横揺れがあったというのもまた記憶に新しく、自由席での立席であったり車掌・車内販売員として乗務したり、そうなるとまた話は別なのではないか?と思うのも事実です。

 

なお余談ですが、私が院生だった頃に名古屋のバイト先にいた「身長170ない男は人権ない」と抜かしていたブスのちんちくりんはお亡くなりになりましたので、ご冥福をお祈りいたします。

これはこの写真を撮った高2の私が知る由もないことですが、E351系の窓側にはドリンクホルダーというかミニテーブルというか、そんなものもあった上に前の席の背面にもいい位置にドリンクホルダーもありました。中央線特急にあっては沿線の酒が美味しいせいかもわかりませんが、酒の売り上げが多そうなイメージもありますので、ある意味では平成初期からそのトレンドを掴んでいた可能性もありそうです。多分違うけど。

なお普通席では255系普通席同様に背面テーブルはなく、肘掛けからひょこっと出すあちらのタイプが採用されていました。平日のビジネス利用が多い路線でもあるのでPC作業をするには不向きだったかもしれませんが、席を回して4人で宴会をするには却ってよかったという解釈もできます。もっとも、不特定多数に見られる可能性のある新幹線や特急で仕事をするのってセキュリティ上どうなんだって思いますけど。

 

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まあ我らがアル中カラカラことwawawaさんも似たような活用法をされていましたのでね…。僕もE351系スーパーあずさで酒盛りしたかったものです(´・ω・`)

 

車内出入口付近の案内表示はこんな感じ。平成初期のナウい感じです。3色LED+スクロールは当時最新鋭でしょうし、当時同じく現役だったE257系0代と同様ですが、個人的には座席種別のアレってどうやって変えていたのかだけが気になります。先述の通りスーパーあずさ1つとっても日によって自由席の両数は変わっていましたし、これも先述の通りですが、そもそも中央ライナーが当時から全席指定だった訳ですし。

 

 

と、簡易的な乗車記はこんな感じです。まさにE351系の後継たるE353系に洗脳済の私はコンセントは最低限欲しいと思ってしまいますが、座れさえしたらE351系は普通に快適だったと改めて思います。というかよく覚えてたな。

誰がどう頑張っても二度と乗れない車両ではありますが、数回とはいえ乗車できたことは中央線特急オタとしては誇りです。

とはいえ、E351系引退後もE257系撤退まではE353系充当列車を狙って乗車する一般客が一定数存在したのも事実です(平成30年春改正から1年はスーパーあずさ全列車が、7月以降はあずさ・かいじ共に時刻表で新型と表記される列車がE353系で運転)。明らかに鉄オタではないヘビーユーザーがそうだったのもなんだか懐かしい話のように思えます。

 

さて、中央線特急はJR東日本の在来線特急の中でも特にドル箱路線となっているものと思われます。そんな同線を走っていたスーパーあずさですが、お察しの通り速達便を中心に運用されていました。

私が2回したスーパーあずさ28号=28M、当時甲府を18時過ぎに出ていた列車に関して、最後にいくつか所見を書いておきましょう。

 

最初の画像とは別の時のものです

まず28Mについてですが、私が甲府に引っ越す前の高校生の頃に2回ほど乗車した際、2回とも甲府の時点で4分遅れておりました。中央線のうち東線に関しては10分遅れまで定時だと勝手に思っておりますが、快速線内にしろ諏訪エリアの行き違いにしろ、その理由は様々なものがありますあります。今回の記事の一連の写真を撮った後の話ですが、甲府に4年住んだ経験のある今の私だからこそ中央線特急に定時性を期待する方がアレだとは思います。

しかしそんな中央線特急であるにも関わらず、大半の上りスーパーあずさ甲府を出ると八王子までノンストップでしたが、八王子どころか高尾の時点で4分遅れのそれはいずれも定時に戻っていました(イメージとしましては、下りのぞみ号が新横浜を遅れて発車したにもかかわらず、三河安城の時点で定時に戻っているような感じですね)。

 

あくまでも私個人の体感に過ぎませんが、中央東線特急がE353系に統一されてから、E351系・E257系のように遅延が回復する事案は微妙に減った気がしなくもありません。元京成バイトの分際で社員の前で京成の悪口を書く上に自身はエキセンで社員気取りの知識自慢をするクズよろしく「内部情報を教えてくれる俺のダチ」はいないので真相は不明ですが、E351系の設計最高速度が160km/h・E257系のそれが140km/hだったことから加減速性能に差があるのかもしれません。正直これは乗務しないとわからないでしょうから、そういう話を聞いてみたいものです。

 

28M(当時)以外でもE351系のお世話にはなりましたが、それでも28Mはじめ夕方の上り中央線特急はあずさ・スーパーあずさを中心に混雑が激しく、土休日ではなく平日でも金曜日を中心に甲府~八王子の間で満席ということも珍しくありませんでした。甲府を離れて来年で4年となる今こそ断言はできかねますが、特に甲府を15~18時台に出る上り特急列車は酷いとかいじでも満席でしたから。

 

平成30年撮影 S117(とS206)編成の公式試運転

E351系がいた頃から特急のダイヤ・停車駅も変わってきましたが、私の甲府生活晩年とはまた今のダイヤも異なります。で、色々あって当時の28Mと似たような時間帯の列車として、令和7年春改正時点での上り特急としては18時1分発3148M:かいじ48号が存在します。3148Mは元々登場当初は甲府17時45分前後の発車で、かつ峡東3駅=石和温泉・山梨市・塩山を全あずさが通過することとなった例のJRファイヤー改正での誕生でした。

私が甲府を離れて来年で4年ですが、気が付いたらその3148Mが(甲府場面に限れば)かつての28Mと似た時刻に戻っているのは極めて真っ当なのかもしれませんね。というか3148Mの初期って、甲府17時36分発のあずさの後続という(回遊関連があろうとはいえ)半ばむちゃくちゃなアレでしたし。平成30年春改正時点でのかいじ120号(甲府17時半前初)等々との比較も加えた記事を出せたらと思うのですが、いつになることやら…。というか、正直当時と今の中央線特急の比較等々で記事を書きたいまでありますあります(笑)