昨日の記事でも触れましたが、銚子での初日の出鑑賞の需要に応えて2本の臨時特急が運転されました。

こんな時間に成田線経由で銚子行が走るのが新鮮です。いやまあ年に一度だからそれはそう。千葉での撮影・千葉からの乗車でしたが、両列車共に千葉を出ると佐倉と成田に停まります。この2駅からもそこそこの乗車がありました。

1号はOM-92編成での運転でした。こちらは高尾始発で、途中停車駅は八王子・立川・新宿・錦糸町・船橋・千葉・佐倉・成田でした。実質千葉あずさの延長版みたいな停車駅です(小並感)。個人的には新年1発目の撮影がE257系、しかもフル点灯ハイビームというのがもうそれだけで幸せでした(笑)。

側面表示はシンプルに「特急」表示。別に虚偽表示ではないからまあいいんでしょう。5000代の対照表は見たことがないのでわかりませんが、500代みたいに「特急 銚子」等の表示も出ないんだなあと思いました。逆にもし5000代が房総特急の表示に対応した場合、一部わかしお・一部しおさいの運用を持たせて幕張に常駐してくれるのではないかと期待したくなりますが…まあないのかなあ。

5000代が波動輸送以外で千葉県に来ることはなかなかない(多客期の臨時特急ぐらい)ので、こうして新年早々に拝めたのはE257系ヲタクとしてはこれ以上ない嬉しいことです。新年早々に必死でシャッターを切りまくった次第です。

こちらは後続の3号で、OM-93編成が充当されていました。この列車は大宮始発で、途中の停車駅は浦和・新宿・錦糸町・船橋・千葉・佐倉・成田でした。
充当されていたOM-93編成は元M-111編成、最後まで0代として活躍したほか、定期運用終了後は東大宮常駐(一部時期は豊田にいることも多かったです)として波動輸送・臨時列車で活躍していた経歴があります。OM-92に関しては前日の記事でそこに言及しているので今回は省略いたします。

さて、撮っていて気になったのは新年早々に割り込んでくるガk…ではなく、千葉での下車がかなりの数あったことでした。これは推測ですが、年越しライブ等で都内にいた層が千葉への帰宅の足として利用していたのではないかと思います。新宿2時20分発、錦糸町2時39分発ですから、まあ泊っていくよりは…という感じでの区間利用もあったのかもしれません。千葉神社等への初詣の可能性もありますが。

さあ乗っていきましょう(乗ったんかい)。E257系は183系・189系の後継として誕生しましたが、当時183系・189系で運転されていた各種夜行快速ムーンライト等での運行も視野に入れて、夜間の照明を減光することができます。そこまで車内が暗い訳でもないですが、まあイビキをガ―ガ―かいていたのもいましたし、明るいままよりは眠りやすいのでしょう。もっとも、E257系普通席ってE353系やE259系に比べると硬めなので、長時間座ってPC作業をするにはいいけど眠れるかと言うと…都合が悪いので黙秘いたします(個人の見解です)。

成田に停車。動画を回しているカメラは隣の席の方の物ですので私のものではありません。これに関しては何故撮ったかというと、ただ単にE231系0代のNN入出場に遭遇したみたいだったからです。それだけです。まあ5000代が波動用としてJR東日本の直流区間の大半に入線できる以上は別にそこまで珍しくないのかもしれませんが、やはりあずさ・かいじで慣れ親しんだこのモケットと共に見るE231系0代って新鮮というか数年前のNN入出場ラッシュを思い出すというか。

成田から先は時刻表上はノンストップですが、佐原で数分ほど運転停車がありました。乗務員交代かと思いつつ、でも佐原に乗務区なんてなかった気もするので真相は不明です。もっとも、この時は昨日の記事を目を三角にして書いていたので、まあどこの駅かもわかっていなかったんですけどね。
なお成田から先は線形自体は悪くないのでしょうが、単線区間である上に大半の駅で一線スルー構造になっていないため、駅を通過するたびに減速・再加速していたのが気になりました。いや今更何を…という話ではありますが、もし一線スルーだったらもう少し所要時間が短縮できたことでしょう。それこそ特急あやめの運命はまた違ったものになっていた可能性も否定はできないのが何とも言えない気持ちでした。

終着の銚子が近づいて、車内も明るくなりました。結局昨年7月に5000代初乗車して以来の乗車でしたが、懐かしさというよりは実家のような安心感があってとても幸せな1時間半だったと思います。でも座席裏にフックないんだっけ…。500代はあったような気がしなくもないけど記憶が曖昧だし…。まあいっか。列車の性質上どうしても満席になってしまう訳ですが、しかし久しぶりに隣の空席が使えないぐらいに混んでいる特急に乗ると、荷物の置き場等に困ったもんでした(;^ω^)。

千葉からの短い時間でしたが、新年早々に後ろ髪を引かれる気持ちで車内を後にします。楽しく幸せな時間で、前日の嫌なことも忘れられていい1年を迎えることができそうです。5000代がこうして千葉県に来てくれたのも嬉しい一方で、こういった列車を設定してくれたり運行に携わられたりしたJR社員の皆さまあっての列車だったことかと思います。この場で恐れ入りますが、運行に携わられた乗務員さん、駅員さんをはじめとしたJR社員の皆さまには心から御礼申し上げます。

駅名票は寝正月状態ですが、E257系5000代が銚子に来ていた証ということで。臨時しおさいへの充当はなかったはずですし、昨年の銚子臨は185系と255系とE257系500代だったと記憶しておりますので、もしかしたら5000代は銚子初入線…なのでしょうか。そうじゃないかもしれないです。間違っていたらごめんなさい。一部の混雑するしおさい運用を5000代に持たせてくれたらこれも恒常的に見られるようになるわけですし、是非ともJRさんには東大宮の5000代3本を幕張に常駐させて混雑するしおさい・わかしおの一部だけでも5000代に持ち替えていただいて…。

こんな並びもなかなか見られるものではないので、まあなんでしょうか、三脚を忘れた私を恨みます。来年の正月臨にも5000代が充当されてくれたらいいんですが…。いやまず明るい時間帯に撮りなさいよって話ではあるのですが。

回送として発車していきました。銚子2番線、案外バルブに向いていていいなあと思いました。何かの間違いで3月改正以降の一部房総特急に5000代が入ってくれませんかね。

最後にE257系5000代で見に行った初日の出で記事を終わらせていただきます。銚子からの銚子電鉄がアホみたいに混んでいたので、ギリギリ間に合うと社員の方が教えてくださった犬吠行で特攻。結果として雲もあったので、ドンピシャのタイミングで見ることができました。銚子電鉄の社員の皆さまにもこの場ながら心から御礼申し上げます。
なお今回の一連の銚子訪問に関しましては、本館にて2月中旬を目途として公開させていただこうと思っております。だいたい2月13日前後でしょうか。本日の時点ではまだ昨年の記事や過去画を捌いている段階ではありますが、是非ともご覧いただければと思います。